息子のつむじは左巻き。

ふと思ったことをただ残してるIT系企業で働くママのブログ。

何を恥ずかしいと感じると教わったか


バカッターとか言われ、いろんなTwitter事件が色々ある中で、なんとなく感じたのは、

「何が恥ずかしいことなのか」を、
どのように教わってきたのか、ということもあるかもと思いました。
 
 
例えばお化粧。
 
私はお化粧は、人前に出るために、
身なりを整えるものだと親から教わり、
身なりを整える姿は他人に見せないようにしなさい、
綺麗にしてから、外に出るように。と、言われました。
 
そのせいで、お手洗いなどでお化粧することすらできません。
恥ずかしいから。
 
お化粧直しは自分しかいないところでしかできないです。
 
だから、電車の中とかでお化粧する人を見ると、
なんて恥ずかしいんだと思います。
(やっちゃいけないかどうかは置いといて、私はそう思ってしまう)
 
 
恥ずかしいことと、
これ、やったらおもろいやろ
ってことのバランスがちゃんととれていれば、
(やったらおもろいけど、やったら恥ずかしいからやめておこう。というバランス?)
 
常識の範囲を超えたことをすることは無いんだけど、
そういう教育が親からされていないのか、
そういうことを冷静に考える力が無いんかな。
自分の世界が狭い。。ということなのかな?
 
 
「人に迷惑かけなければいい」という教育だけでは、
常識とか、マナーっていうところにあまり意識がいかないのことがあるのかも。
 だって、お店の中で色々やっても、「誰にも迷惑かけてないやん」って、
みんな思ってそうだし。
 
他の人から見て「恥ずかしく無いようにすること」、という風に教育したら、
常識を理解できたり、視野が広くなったり、
さらに、他人に対するマナーの気持ちが出てくるようになるのかな、と。
ふと考えました。
 
 
「恥ずかしく無いように」ということを意識した振る舞いは、
品を意識した振る舞いにも変わると思うので、
特に男の子にはこういうことをちゃんと伝えたいな。
 
 
品のある男の子って、
すんごい素敵じゃないですか。
 
 
男の子こそ、品位を持つのってとても難しい。
言葉一つにしても、若い男の子はすぐに汚い言葉を言ったりするけど、
「お前」「こいつ」などの言葉は「美しくない」と育てられたうちの主人は、
使う言葉は割と選びながら発することができる人だなと思い、
いいお義母さまだな、と思いました。
 
 
 
これって、家が金持ちかどうかは関係ないし、どこのお家でもできる教育。
「何が恥ずかしいか」っていうラインを引くのもなかなか難しいけど、
 
 ・口から汚い言葉や、人を悪く言うことばかり言っている人は恥ずかしい人だよね
 ・靴が汚かったり、襟が綺麗じゃないと自分のこともちゃんとできないと思われるから恥ずかしいのよ
 ・間違った言葉遣いだと、相手が不快に思うかもしれないし、物をちゃんと知らない「恥ずかしい」ことになるよ
 
とか、だったら、そんなに難しいことではないし。
 
 
 「恥ずかしい自分」は、社会から笑われる自分。ということ。
それって、自分としては許せないことで、情けないこと。
もっと高いところにあるべき自分が、社会から笑われている?
なんてこった。そりゃいかんわ。
 
という風に、意識が変わっていけば、
自分に対して意識を高く持つようになって、
自分自身を強く持ち、安定した心が持てるのかもしれない。
男の子には、こうあってほしい。
 
 
 
 
私自身ができていないことたくさんあるけと、
最低限の品位みたいなものをちゃんと教えて行くことはとても大切だなと思います。
 
 
 
その方が、将来大きくなった時に、
会える人の幅が広くなっても対応できる大人になれそう。
 
 
年上の偉い人に会う時、
海外の人と食事をする時、
結婚したいと相手のお家へ行く時…
(想像するだけで泣けるよ)
 
 
これ、お金のかからない教育だ!(言うの2回目)
 
 
ちゃんと私も勉強しよ。
 
 

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なんとなく宝塚を貼ってみた笑

清く 正しく 美しく。

 

 

 

 

 

おやすみなさい