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息子のつむじは左巻き。

ふと思ったことをただ残してるIT系企業で働くママのブログ。

お互いを認め合って、理解し合うようになるには


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ちょっと話題になっていた

プログラマでない人はプログラマのことを理解すべき」のブログを読んで。

 (特にリンクは貼りません・・・)

 

この記事、内容はとても理解できます。本当に。

エンジニアの方に、「集中してるところごめんなさい~・・・」と思いながら話しかけることもあります。

一応空気を確認しながら気を遣ってたりはするんですが、困らせてしまっていることもあると思います。

 

 

で、この賛否とかはおいといて、

 

 

コメント等を見ていると、

子育てにおける「共働きママがPTAに参加するのなんて大変なんだからどーのこーの」とか、

「時短勤務の人のしわ寄せをこっちは受けててどーのこーの」みたいな論争にも似てる気がしました。

 

 

そういう言い方だと、分かり合えませんよ。

みたいな論争。

 

 

「こうしてくれたら、とてもありがたいのですが」

とか、

「今は~~なので、あとで~~と一緒にやりませんか?そうすれば、~~もできるし」

みたいな感じだといいですね。

ゆとりがないとなかなかできないですけど。

 

 

 

あと、根底に「相手じゃなくて自分を変える精神」がしっかりあるといいのかなと。

 

 

私の場合だったら、

「子育てしながら働くママの気持ちなんて、わかってもらえない!」

ではなくて、

「理解してもらいつつ、相手が気分よく働けるにはどうしたらいいか、

そのためには自分のどういうところを変えたらいいか、変えるように努力したらいいか。」

っていう考え方にする方がよさそう。

 

それが、ひたすら頭を下げる。という結果になったとしても、自分がそうすることで相手がうまく動いてくれるならいいんじゃないかと。

 

 

 

で、ですね。記事のタイトルにしたのは、

こういう考え方ができるかどうかって、

いかに「自分と違う価値観の人たちと関わってきたか」なのかもしれないと思いまして。

 

 

あーこの人苦手だわー

自分と違うわー

こいつ自分のことわかってないわー

 

と、思っても許容できるかどうかって、自分と違う、「合わない人たち」「理不尽な人たち」「価値観も育ちも全く違う人たち」と、たくさん関わっていたら、もしかしたら耐性がつくのかも。

「あ、こういうタイプの人ね」くらいで済ませられるのかもしれない。

 

今まで自分をわかってくれる人&許してくれる人ばかりの中で生きてくると、相手が自分と違うということが受け入れにくくなりそう。

 

私の場合は比較的高校に進学してからは「偏差値」が同じくらいの人でまとめられ、

その中で「気が合う人」だけでずーーーっと固まっていました。

大学生になって、ちょっと変わった人ともであったけど、

一緒にいて「心地いい」人としか一緒にいなかった。

 

 

だから、居心地のよくない人=苦手!嫌だ!私のことわかってくれない!

に、私自身なりがち。

 

 

もう少し、色んな人と関わる機会があってもよかったかなとも思う。

 

アルバイトとか留学をすれば、「自分と違う人たち」に関われる機会ができたりする。

それが「社会勉強」っていうものなのかな・・・。

わからんけど。

 

子どもには、色んな人と関わる経験を積んでもらえるといいのかもしれない。

楽しい仲間との時間も大切にしつつ、色んな価値観の人、色んな境遇の人とかかわってみてもらいたい。

国籍、性別、年齢、出身地・・・問わず。

 

小さいころからそうしていれば、人をカテゴリ化せず、その人個人を見れるようになるかもしれない。

とても難しいですけどね。

 

 

 

 

おやすみなさい。

 

Couple in a Row Boat Don DeBold

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