息子のつむじは左巻き。

ふと思ったことをただ残してるIT系企業で働くママのブログ。

「私はこう育ったから」という無敵の言葉


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主人と子どもの教育について議論になった時も、

必ず出て来るワードが、

「俺がこうして育ったのがベストだったからそうしたいんだ」

的なワード。

 

主人は私立中学に受験して入学しているのですが、

その経験がとてもよかったので、子どもにも必ず受験させたいと。

 

私は田舎で普通に公立で育ってきたので、

私立の方が優れているとかそういう価値観があまりありません。

(ていうか、どっちだろうが主人と私は同じ大学だし。)

 

なので、自分の経験則だけで語られてしまうと、建設的な話ができなくなってしまいます。

 

こういうケースって、育児では他にもとても多い。

 

私自身もそう。

私自身が両親共働きでおばあちゃん子でした。

特にそれで寂しい思いをしたことはないし、働く母を尊敬していました。

だから自分が今子どもがいて働くことにもそこまで罪悪感がない。

全くないわけじゃないけど。

 

 

ですが、親が専業主婦だった人の場合、

預けて働くことに罪悪感を強く感じる人もいます。

 

また、逆に、親が働いていたことで寂しい思いをしてきた人は、

他人にも「預けて働くなんて、子どもがかわいそう」って言ったりします。

 

 

こんなの、自分の経験上での話でしかないので、

お互い全然理解し合えないんですよね。

(私自身の経験も含め)

 

だけど、それをのぞいた形で話をしようとすると、

結局「よそはよそ、うちはうち」そんなの家庭の事情。っていう話になっちゃったり。

 

 

でも、口出ししたいし、自分の考え通りにしたい・・・

っていう気持ちが強い人は、

「私はこうだったし、これがよかったから」

という自分の成功体験として他人を説得しようとしてしまうのかもしれません。

 

 

うん。

 

私自身、「小さい頃はママが一緒にいないとかわいそう」って言われたら、

「私は小さい頃預けられて育ちましたが、寂しいと思ったことはありません」

って、言い返してしまう。

 

 

今、「自分の子ども」がどうなのかをちゃんと考えないといけないわけなんですけどね。

 

痛いところをつかれて苦しいから、自分の経験を盾に使ってしまうというか。

 

お互いが、自分の成功体験を主張するのは悪いことではないんですが、

育児に関しては、自分の経験よりも、今目の前にいる子どものことを考えて、

冷静に考えないといけないなと思いました。

 

私が育った時と、時代も、環境も、住んでいる場所も、

何もかも違うので、昔と単純に比べられないですしね。

 

 

一度、そういう「無敵の言葉」を使わず、話をしてみたいと思います。

 

 

 

 

 The word no made from jigsaw puzzle pieces Horia Varlan

おやすみなさい。